コンパッション

私が好きな言葉の一つを紹介します。

人が生まれつき持っ「自分や相手を深く理解し、役に立ちたい」という純粋な思い。
自分自身や相手と「共にいる」力。「思いやり」「慈しみ」。
「コンパッション…」
一言では語りつくせない深い深い世界があることを伝えたい。

葛藤を伴う大きな出来事
それは誰もが経験したことがあり、時には打ちのめされしまうようなことなどもある。

そうした、様々な悪戦苦闘や失敗の経験、その数々の経験から学んだ事を通して思ってもみなかった広い視野を持てるようになる。そういった体験を私の人生のプロセスの一部分だと受け入れることができた時、そこから見渡せるすべての景色、人生のあらゆる状況を受け入れ、与えられたものを拒絶したり、否定したりしないことに深遠な価値があると…そこに辿り着く。

人の身勝手さ、困難、危機そのすべてさえも致命的な障害とは限らないことも学ぶ。
その出来事や体験はむしろ内にも外にも より広がりのある豊かな景色へとつながる扉だったと気づくことが出来る。

コンパッションと共に生きる秘訣として、内面や対人関係における五つの資質がある。
「エッジ・ステート」
   =人の役に立ち、生きていくために必要不可欠なもの。
「利他性」、「共感」、「誠実」、「敬意」、「関与」
貴重な資質であるがゆえに 質が低下すると、害になる危険な景色となって現れてくることもある。
この表裏となる二面性を持つ資質を「エッジ。ステート」と言う。
いずれも思いやり、結びつき、美徳、強さを実践するための心の財産…

これらの質は、切り立った「崖」をのようになっていて、
私たちは足場を失って、そこから苦しみの泥沼に滑り落ちてしまうこともある。そうすると混沌とした窮地に陥りエッジ・ステートの持つ有害な面にとらわれることに…。

「利他性」…病的な利他性となる可能性がある。相手のために役立とうと無私の行為が時に自らを傷つけ、役に立とうとしている相手を傷つけ、組織を損ねてしまう場合がある。

Photo by Zack Melhus on Pexels.com

「共感」…疲労共感となってしまう。他者の苦しみを感じることが出来る時、共感が相手との垣根を取り払い、役に立ちたいという想いの原動力となり世界観を広げる…。しかし、相手の苦しみをあまりにも深く受け止め、その苦しみを一体化しすぎてしまうと、自らも、傷ついて動けなくなる。

「誠実」…倫理や道徳的指針を持っていること。誠実さや正義感、善意に反する行為に関わったり、目にしたりすると。道徳的苦しみがやってくる。

「敬意」…いのちある物事を尊重すること。敬意が軽蔑という有害な泥の中に消え去る恐れ。

仕事への「関与」…人を支援する仕事に従事することは、人生に目的と意味をもたらしてくれる。しかし、過労、有害な職場環境、仕事の効果が見えずに無力感があり、燃え尽き、身体的にも精神的にも倒れてしまう。


「コンパッション」が奥深く、私が好きな部分は、
エッジ・ステートが崖から転落してしまっても、私たちに学びと強さを与えてくれるところ…。大きな困難からは、謙虚さ、広い視野、智慧が得られると言うこと。苦しみの嵐や泥沼から抜け出して、強さと勇気の頂に上り、自由の道に戻れる…
まさにコンパッションの力。

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