子犬のように寄り添う

自分の中にある誓い…
なんとなくは知っていたけれど、そこに集中したバディとのやり取りで多く気づきがある。
覚え書き。

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契約の窓を探る
私の家族の中に、
「長男なんだから」「長女なんだから」「兄弟なんだから」「家族なんだから」「〜しなくちゃいけない。」「〜しなければならない。」があった。
その任務の中に、4番目の妹、私を守る(一人にしない)と誓いがあった。
私たち兄弟が持った誓い。
家族に向けた、社会に向けた誓い。
そのために、私は兄弟を超えて母に甘えたりすることを自分に禁止しました。
そうすることで、兄弟の任務が完了できず兄弟がダメな子になってしまう。
私はここで生き抜くために自分がどんなに母の愛情が必要だとしても封印してきた。
母が末の子に差し伸べる愛を兄弟たちは、ずるいという。
ずるいの奥には兄弟たちの渇望する愛着の欲求があった。

私は知っていた。この家族の中で生き残るためには、さらに強く誓うのだ。
私は母に、家族に甘えることを禁止する。
兄弟たちも私もその誓いがあるので、母に甘えられない。
そして他の兄弟も同じであることを強制し、公平性や一貫性を強いることをしてきました。


家族の中で、制限されていた感情回路。
安心、愛情、甘える、一緒に過ごすこと。
代わりに持ち込んだのは、寂しさを頑張って拭う。
兄弟同士で、牽制し、守る構造を作り上げていたので、みんなが柔らかい部分で母との間に愛情を持って接することができなかった。
甘えたとしても、母は言葉を知らなかった。
同じ家に母がいるのにそれができない。(自営業だからなおのこと、母は来客に忙しかった)


母は子供時代に母親と死別し、親戚に育てられた(家政婦のように)
脅されたり、ひどい扱いもされた。
記憶がないと言っている。
母は母の愛情を知らない。かけられてきた言語、脅す言葉で私たちは育てられたのかもしれない。「〜しないと〜になる。」
怖さと寂しさが渦巻く。

心の中には、切望していることを聞くことさえできないという喪失感があったことに気づく。
私に制限になったのは、自律性を表現したり、自分で決めたりすることを歓迎する小さな窓が見えなかったこと。
常にセクシュアリティの回路上で、出現と真正性と力がぐるぐるしていた。
それがどれほど重い悲しみなのか。
私にとっては、大きな損失だった。

私も姉も、母の愛情が欲しかった。そして他の兄弟も。
母のことを理解したのは大人になってから。
言語を知らない私たち兄弟は、ずっと戦い続けてきた。
そして今もなお、満たされない愛着から母を攻めたくなる衝動に駆られる声を聞く。
自分の居場所を探して。
そして、母も、ずっと存在していない自分の母の愛を探していた。
私は、服従するつながりから逃れたかった。
言葉ではなく感じていた、愛の質を表現しあえたらどんなによかったか。
私をケアしたイメージ
不可能な夢のようにすべての子犬が山になっているように
言葉もない、ただの子犬。
くねくねしたり、すりすりしたり、山の中で眠ったりするのに邪魔なものは何もない。
そうしたら、じんわりして胸があたたかくなった。
私は子供の時に宇宙に誓ったのだ、もう誰も苦しまない世界にすることを。
そしてその誓いを書き換えるのであるならば、こう付け加えたい。
自分の存在がその宇宙の一部であることを意識し、全てを優しさで包むこと。


私は、傷つくニュアンスを含むもの全てに敏感に反応する。
そこに私の使命とパワーがある。
その子犬の山を想像して夢を見よう。
安心、愛情、一緒に過ごすこと、柔らかな質のつながりを感じること
必要だったものを、今からでも遅くない、満たしてあげよう。

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