NVCグローバル・フェスティバルJAPAN

3日間の「NVCグローバル・フェスティバルJAPAN」を終えて
私の覚書

***

ここ数ヶ月、私の心や身体が変化してきているのを感じている。

その一つのチャレンジとして、
身体や心が「NVCフェスに参加する」に、流れていくことに自然になってみた。
どう自分が関われるかなんて、やってみないとわからないけど、やってみたら手にできたものが大きかった。
つながり、達成、恥との向き合い方、分かち合い、共感(これが大きい)、想いのままに動くこと、支え、サポート、差し出す、受け取ること。
こうして私たちは、願う世界を広げていくのだと確信した。
実際に自分は何ができたのかなんてもうわからない。
事前のMTGや状況を把握することを寄り添う中で行ったことと一緒に手にできたのは、その関わりの中から感じた「人間性」。
手にした多くの体験や学びは、思いやりのあるつながり。
差し出していただきながら、自分のリソースを差し出すこと、その勇気にチャレンジ。
この体験を、心に残しておきたいと思った。

**
時間が許す限り、セッションにも参加した。
どれも魅力的なセッションばかりで、残念ながら参加できなかったセッションは、誰か一緒に動画を見てください🙇‍♂️

私、絶対一人じゃ、意志が弱くて…見れない。
後回しにしちゃうので、興味がある方は絶賛、募集中です‼︎気軽に声をかけてください。
と、ここでお誘いをしてみる。


セッションの中から、
今ここので生き生きしていること。

いくつもあるけど、
「子どもと向き合うということについて」を書いてみます。
子どもに向き合うということは、「私」と向き合うということ

子育てをする上で、親としての「意識」。
その意識の新しい視点に気づいた。
親の意識が子供の持っている資質や可能性を支えていること。
その意識の下にある子育てが大事だということ。
そのことに喜びや楽しみながら自分はやっているだろうか。


自分の特性から子どもとの向き合い方を見つめた時、
自分は、話を聞くことが得意で、話すことが苦手。
出てくるものを全て受け取めて、寄り添うことや子どもの中にある声を十分に聴くことに意識を向けてきたが、そこにしか意識が向いていなかった自分に気づいた。

あー、
頭を抱えて やっちゃったーみたいな感覚になった。
子どもの持っている特性や得意なことを引き出すとか、
信頼を向けて声をかけてみるとか、
お誘いしてみるとか、
そういう意識で子どもたちを見ていなかったよねって。
だから、どっきり。
子どもから出てくるものに対して、受け身だった自分。

子供の特性に意識を向けて子どもの未来を想像するワークをする中で、子供が得意としていることが十分に活かされ、受け止められる未来を想像した。
それを持って子どもに寄り添うこととはどういったことなのかを深く考えられた時間だった。
支援する際に大事なこと。

その気づきも全て、自分に向き合うものでもあった。
そこには喜びもあるけれど、嘆きもある。

そして、その瞬間に私の中に湧いてきた その嘆きを、静かに聞き合う時間を持てたことにスペースが招待された。
この状態を受け止めてもらうことで安心とつながりを手にでき、やっと神経が落ち着いた。
こうして受け止めてもらうことがとっても大事。

子育てのなかで、自分の中心にこの体験の中にある「それら」(気づくこと、寄り添ってもらうこと)をもっていること、
自分に忠実であること。
真実であること。
「それら」(気づくこと、寄り添ってもらうこと)に喜びを持つこと。
その繰り返しが、子ども自身の資質に沿った子育てができること。
無意識に行ってしまっている、自分のニーズに従わせることの子育てとは違ったものになる。
自分のニーズは言葉するのではなく、差し出すものに変化する。

**

マーシャルの言葉:
子育てしている方は、10分に一度くらいのペースで自分のことを聞いてもらう子が必要。
といっている。

聴く人は、ただ意図して聞くこと。
いろんなことが巡ってきている同士で、浮かんでくるものを交代に聴き合って、
今、自分が存在して、共にいるという相手の存在に支えられ、立ち返る。
目の前の人をただ受け止める、その在り方。

そこに自分を立たせてみると、
アウェアネスが開いて、気づきがある状態の時、他の誰かの存在が必要。
その状態であることをその誰かに承認してもらいながら、そこに立って未来を眺める。
そうした時に、自分のニーズを満たすことではなく、「差し出すこと」に意識を向けることに自分が変化できる。
このプロセスの体験は、とっても意味があったし、分かち合いたいと思った。

この体験は、子育てに関わらず、フラクタルに起きている。
日常のいろんな場面が思い出される。
あー、また一つNVCの奥深さに 触れた瞬間でもあった。
愛をどのように差し出すか。
痛みの下には愛しかない。
この言葉がリフレインしている。

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