「ハナミズキ」

Photo by Mohan Nannapaneni on Pexels.com

久々に何もなかった朝、
ゆっくり朝寝坊して、
子どもたちと、ウクレレを練習してみた。
楽譜の中に、「ハナミズキ」があって、大好きな歌の一つなのに、メロディーがすぐに浮かんでこなくって、三男が曲をかけてくれた。

コードを追いながら、歌詞を口ずさんでいたら、ボロボロ涙がこぼれてきて、止まらなくなった。
大事なあの人を思ったり、
大事なあの人の背中をさすっている姿を思い浮かべたり。
言葉を超えた質がこの歌によって いろんな角度でわたしに見えてきて、この歌に込められている特別な世界を味わった。

この歌を歌う「一青窈」
この曲は、とっても辛い時期に作ったといっていたのを思い出した。
台湾で生まれ、幼稚園卒園後に父を台湾に残し、母・姉と日本で生活することとなる。小学生2年の時に父が癌で死去。以降、母の姓の一青を名乗る。(Wikipediaより)

数年前の仕事のことも思い出していた。
一人暮らしの独居へ週に2回、訪問していた頃を思い出した。

一人で住んでいたおばあちゃん。体は痩せほそり、家の中を動くのもやっとの様子。
衰弱したおばあちゃん。
いつも、わずかな会話を玄関先でしていた。

ある日、いつものように 玄関先でおばあちゃんと話をしていたとき、おばあちゃんが急に咳き込んだ。
そして、わたしを(愛情を込めて)追い払うように手の甲で「行きなさい」と、無言で、手を口に当てたまま わたしを家の外に出した。
それがそのおばあちゃんとの最後になった。
おばあちゃんは、帰らぬ人となった。

1週間後、そこのお部屋の前に行っても誰もいない。
寂しさと 虚しさとを感じたあの頃。
その時に感じた数年前のことが、リマインドしていた。
生きるということ。
この虚しさが固まったままになっていた。
きっと多くの人が、虚しさに蓋をするのかも知れない。
生きるということ。

ポロポロ…
涙が止まらなくて、一人ではどうにもならないからと 二男に隣に座ってもらった。
彼は何も言わずに、側にいてくれた。
そして、ゆっくり私が回復して行った。徐々に身体が緩み始め、感情が落ち着くのを感じた。
寄り添って生きるということ。
願いを橋渡しするということ。
言葉にならない、大事なものが わたしの中にあるなって感じた朝だった。

画像

歌:一青窈
作詞:一青窈
作曲:マシコタツロウ

空を押し上げて
手を伸ばす君 五月のこと
どうか来てほしい
水際まで来てほしい
つぼみをあげよう
庭のハナミズキ
薄紅色の可愛い君のね
果てない夢がちゃんと
終わりますように
君と好きな人が
百年続きますように

夏は暑過ぎて
僕から気持ちは重すぎて
一緒にわたるには
きっと船が沈んじゃう
どうぞゆきなさい
お先にゆきなさい
僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと
止まりますように
君とすきな人が
百年続きますように

ひらり蝶々を
追いかけて白い帆を揚げて
母の日になれば
ミズキの葉、贈って下さい
待たなくてもいいよ
知らなくてもいいよ
薄紅色の可愛い君のね
果てない夢がちゃんと
終わりますように
君と好きな人が
百年続きますように

僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと
止まりますように
君とすきな人が
百年続きますように
君と好きな人が
百年続きますように。

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